週末にかけて、米国とイスラエルはイラン各地で協調した攻撃を実施しました。イランの上級指導部を明確に標的としたもので、イラン国営メディアは、最高指導者ハメネイ師の死亡を確認しています。今回の攻撃は、エネルギー施設や軍事インフラに限定されたものではなく、体制の中枢そのものを狙った点が特徴です。政権の指揮系統に直接的な打撃を与える内容であり、これまでの攻撃とは一線を画します。これに対しイランは、イスラエル国内に加え、中東地域にある米国関連拠点 (UAE、バーレーン、カタール、クウェートなど) に対して、ミサイルやドローンによる反撃を行いました。市場ではリスク回避の動きが一段と強まり、金価格は急上昇しました。安全資産とされる米国債先物が買われる一方で、株価指数先物は下落しています。
2025年6月の攻撃との違い
2025年6月の攻撃は、主に「抑止」を目的とした限定的なものでした。軍事能力を部分的に低下させつつ、越えてはならない一線を示す意図があり、イランの政治中枢に直接踏み込むことはありませんでした。これに対し、今回の攻撃は性質が大きく異なります。政権の安定性や後継者問題、さらには革命防衛隊 (IRGC) の結束といった、体制の根幹に関わる要素に直接影響を及ぼしています。仮にテヘランで権力が速やかに一本化されれば、報復が強硬なものになったとしても、一定のコントロールの範囲にとどまる可能性があります。一方で、指導部が分裂し、複数の派閥が主導権を争う状況になれば、事態の行方は一気に読みづらくなります。
原油価格への影響
原油市場はすでに高値圏にありましたが、週明け月曜日の取引再開後、ブレント原油はおよそ8ヵ月ぶりの高値水準まで上昇しました。ホルムズ海峡をめぐる供給リスクが改めて意識される局面では、さらに上値を試す展開も想定されます。週末に取引が行われていたサウジアラビアなど湾岸諸国の株式市場は下落しましたが、国債スプレッドは危機的といえるほど急拡大したわけではありません。現段階では、パニック的な売りというよりも、「突然のショックと不確実性」を反映した動きと見るのが自然と言えます。
ここで注目すべきなのは、原油価格の水準そのものよりも、どの期間の価格が動いているかという点です。直近の上昇が短期の先物に集中している場合、それは一時的な混乱への警戒を示すケースが多く、現状はこのパターンに近いと考えられます。一方で、長期の原油先物まで一斉に上昇し、同時に株安や信用スプレッドの拡大が進むようであれば、より深刻で長期的な供給不安を示唆するサインとなります。
最大のリスクは原油の海上輸送ルートにあります。イランは1日あたり約300万~330万バレルの原油を生産しており、主に中国向けに輸出しています。この輸出原油のほぼすべてが、ホルムズ海峡を通過します。この海峡は、世界で使われている原油や石油製品のおよそ2割が通過する要衝です*[1]。週末には、イラン革命防衛隊や国営系メディアが「ホルムズ海峡は事実上封鎖された」と主張しましたが、実際にはタンカーの航行は続いており、物流が止まったわけではありません。過去の例を見ても、イランは市場の変動性を高めることはできても、ホルムズ海峡を長期間にわたって完全に封鎖するのは難しいと考えられます。
過去を振り返ると、地政学的なショックが起きた後でも、エネルギー市場は比較的早い段階で落ち着くケースが多く、長期的な原油高につながった例は限られています。1967年以降、イスラエルが関与した軍事衝突で持続的な原油高を招いたのは、1973年の第四次中東戦争 (OPECによる禁輸) くらいです。現在の世界は当時と比べるとエネルギー面での耐性が全体として高まっています。具体的にはOPEC以外の国、特に米国シェールによる供給の柔軟性が高まっていること、各国が戦略的な石油備蓄を持っていること、そしてGDPあたりのエネルギー消費量が低下していることなどが挙げられます。湾岸地域をめぐるリスクが完全になくなったわけではありません。ただし、短期的な軍事衝突がそのまま世界的な「構造的なエネルギー危機」に発展する可能性は、以前より低下していると考えられます。
まとめ
現時点で市場は、地政学リスクが高まっていることを織り込み始めた段階にあります。各市場はまだ落ち着いたとはいえず、今後出てくるニュース次第では短期的に大きく上下しやすい状況が続くとみられます。重要なのは、すでに起きた攻撃そのものよりも、これから何が起きるかです。具体的には、イラン国内の権力継承がどのように進むのか、報復がどこまで拡大するのか、そしてホルムズ海峡を含むエネルギー供給が今後も維持されるのかといった点が、今後数日から数週間の市場の方向性を左右する重要な材料になります。