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成本 迅
人生100年時代の資産管理と認知症
成本 迅
京都府立医科大学大学院 医学研究科精神機能病態学教授

私は高齢者を中心に診療している精神科医です。高齢化と共に認知症の人を診療する機会が増えています。2012年の全国推計では認知症を患っている人の数は465万人でしたが、現在は700万人を超えているといわれています。診療していると、認知症を発症してからの資産管理をめぐって様々な事例を体験します。例えば老後の備えとして貯蓄していた1500万円を詐取されて生活保護を受給せざるを得なくなった事例や、認知症を発症した後もインターネットで株取引をされていて家族が心配している事例など、どれも生活に深刻な影響が出ていました。もう少し事前に備えておいたらよかったのではないか、あるいはもっといい金融サービスがあれば救われていたのではないかと感じるようになり、約10年前から金融機関と共同研究を始めるようになりました。今回は、人生100年時代の最後の10年の資産管理について、医学的な知見を解説すると共に金融機関との取り組みについて紹介したいと思います。


 


認知症とはどんな病気か?


認知症は、年を取るにつれ発症する確率が増えていく病気です。70~74歳では5%以下ですが、80~84歳になると約20%まで跳ね上がります。認知症の原因となる病気は70種類以上あるといわれていますが、主な病気としてはアルツハイマー型認知症、レビー小体型認知症、血管性認知症、前頭側頭型認知症などが挙げられます。日本人では半数以上をアルツハイマー型認知症が占めています。アルツハイマー型認知症は、脳の神経が徐々に壊れて減っていく病気で、年単位でゆっくりと認知判断能力が低下していくのが特徴です。症状としては物忘れが中心で、よく物を置き忘れたり、予定を忘れたりするようになります。また、複数の情報を総合して判断したり、いくつかの手順を踏む必要がある手続きをしたりすることが難しくなります。このため、保有している資産を忘れてしまったり、社会情勢や投資環境を勘案しながら投資先を決定することが難しくなったりします。また、資産管理との関連で重要な点として、患者さんの多くが自分では認知症を発症していることに気づかないということが挙げられます。このため、本人も周囲も気づかないうちに資産管理に支障が出ていることがあります。私たちが認知症の人の家族に取ったアンケート調査では、約7割の家庭で家族が本人に代わって預貯金の管理をしていました。本人と家族が良好な関係であれば問題は生じませんが、家族が使い込んでしまったり、相続にあたって親族間で紛争に発展したりする危険性も孕んでいます。


 


認知機能低下への備えの大切さ


対策としては、定期的に認知症の検査を受けて早めに変化に気づくことや、任意後見制度や民事信託を利用して備えておくことが考えられますが、まだ大丈夫だろうと考えて先延ばしにしがちです。また、検査で分かった時にはすでに判断力が低下していて対応が分からなくなっていることもあります。このため、リスクを伴うような投資を続ける場合は、信頼できるアドバイザーに相談しながら行うとよいと思います。認知症になった場合は配偶者に支援してもらいたいと回答する高齢者が多いですが、その時には配偶者も認知症になっている場合もあり、また日常の介護はできても資産管理については知識がなく対応できないこともあります。せっかく老後のためにと皆さんが備えている資金ですから、認知症になっても自分のために活かすことができるような仕組みを整備することと、認知症への備えに関する一般市民の意識改革が必要といえそうです。


 


金融機関における課題と取り組み


資産管理など高齢者の意思決定の課題に取り組むために、私たちは一般社団法人日本意思決定支援推進機構を2018年に立ち上げました。多くの金融機関に正会員や賛助会員として参加いただいており、金融機関高齢顧客対応ワーキング・グループを2019年から立ち上げて議論を進めています。その中では、高齢顧客との契約にあたって、年齢一律ではなく判断能力に応じた対応をするために実務においてどのように契約の能力を確認すればよいのかが課題になっています。医学的な評価方法としては改訂長谷川式簡易知能スケールに代表されるような認知機能の検査がありますが、そのような検査を実施することについては、顧客の側の受け入れの問題と、職員のスキルやコストの点が課題に挙げられています。また、リスク性商品を保有している顧客が認知症になった場合の対応も課題となっています。医療費や介護費用に回すために現金化したくても、手続きができなくなっていてリスクにさらされた状態で塩漬けになってしまうこともあります。このような課題とその対応についての検討結果を2020年に報告書にまとめました。社団のホームページ(https://www.dmsoj.com/)からダウンロードできるようにしてありますので、是非ご覧ください。


 


人生100年時代の新しい資産管理のデザイン


最後に超高齢社会における金融の未来について医学的観点から予測したいと思います。急速に進むデジタルトランスフォーメーションにより、これまでの取引内容や生活データが簡単に利用できるようになると、認知症の発症による変化がより早期に検知できるようになり、早い段階から支援を受けることができるようになるでしょう。また、認知症により 意思決定が難しくなった人への財産管理の支援がより低コストで行えるようになり、これまでは資産家でないと利用できなかったような法律や税などの専門的支援をより多くの人が受けることができるようになるでしょう。デジタルにより取引内容がすべて記録されることで詐欺や親族その他による使い込みが防止できるようになり、権利侵害も少なくなるでしょう。このようなバラ色の未来を医学だけで実現することは不可能で、高齢者を包摂するデジタル技術の開発と意思決定能力が低下した人の個人情報の利活用に関する法整備などが必要になると考えています。最後の10年を安心して暮らせるように、今後も金融機関や金融の専門家、法律家、経済学者、社会福祉の専門家と協働して取り組んでいきたいと考えています。



成本 迅   京都府立医科大学大学院医学研究科精神機能病態学教授。京都府精神保健福祉総合センター、五条山病院を経て2005年より京都府立医科大学に勤務。2016年7月より現職。専門は老年精神医学。日本精神神経学会・日本老年精神医学会 専門医・指導医。一般社団法人日本意思決定支援推進機構代表理事、日本精神神経学会・日本認知症学会代議員、日本老年精神医学会 評議員。日本老年行動科学会 理事。著書に「必携!認知症の人にやさしいマンションガイド 多職種連携からみる高齢者の理解とコミュニケーション」「実践!認知症の人にやさしい金融ガイド 多職種連携から高齢者への対応を学ぶ」「認知症の人の医療選択と意思決定支援」などがある。


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